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ニュースや気象情報等を始め、映画やアニメ、コメディなど様々なコンテンツを映像と音声で楽しめるのがテレビの魅力です。テレビは、モノクロテレビから始まり、カラーテレビ、インターネット放送などテレビは様々な形に変化。今回は、これまでのテレビの歴史を始め、新聞やラジオなど他のメディアの歴史もあわせて振り返りながら、テレビ業界を分析していきます。

益子 ヒロシと広川 ふみ
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2018年10月16日

【テレビ業界分析】これまでと今後の動向について

【テレビ業界分析】これまでと今後の動向について

テレビは、様々な情報番組やバラエティ番組、ドラマや映画、学習コンテンツなど、様々な分野の番組を視聴することができる情報媒体。小さな子どもから、学生、成人、高齢者まで幅広い年代の方が楽しめる番組を放送しています。登場した当初は白黒の映像だったテレビも、カラー、4K・8K、また、アナログ放送から地上デジタル放送、インターネット放送など、様々に変化してきました。

そこで今回は、これまでのテレビの歴史を振り返りつつ、新聞やラジオなどの情報媒体の特徴や変遷も解説しながら、テレビ業界のこれまでと今後の動向についてご紹介していきます。

モノクロテレビの誕生

モノクロテレビの誕生

まずは、すべてのテレビのベースになったモノクロテレビの歴史とその仕組みについて確認してみましょう。

ブラウン管に映像を映し出したのは日本が最初

日本では、「日本のテレビの父」と呼ばれた高柳健次郎がテレビの開発に取り組み、1926年(昭和元年)に初めてブラウン管に映像を映し出すことに成功しました。これは、世界で初めてのことであり、最初に映し出したのはカタカナの「イ」という文字。ちなみに、最初のテレビに利用されたブラウン管は、1897年(明治30年)にドイツ人のブラウンによって発明されています。

その後、1933年(昭和8年)に映したものの光の量を電気信号に変換する「アイコノスコープ」が、アメリカに亡命したロシア人のツヴォルキンによって発明され、高柳健次郎も独自にアイコノスコープを開発。4年後の1937年(昭和12年)には毎秒30枚の映像を映し出すことのできるテレビの受信機(全電子式テレビ)を開発しました。これは当時としては、世界水準の全電子式テレビです。

テレビの公開実験を開始

高柳健次郎が全電子式テレビを開発した2年後の1939年(昭和14年)に、日本で初めてとなるテレビの公開実験がNHKによって行なわれました。さらに翌年の1940年(昭和15年)には、「夕餉前(ゆうげまえ)」という12分間のテレビドラマが日本で初めて実験放送されています。

しかし、1937年(昭和12年)に始まった日中戦争により、国勢が悪化。さらに1945年(昭和20年)の終戦時やその後も、GHQからの規制によってテレビの開発を進めることがなかなかできませんでした。

テレビ放送の開始と国産テレビが発売開始

終戦後、徐々にテレビ開発の規制が和らいできたため、1953年(昭和28年)2月にNHKによって本放送が開始。さらに同年8月には日本テレビが、初の民放局として本放送を開始しました。

テレビの発売は、NHKの本放送が始まる前月、1953年(昭和28年)1月にシャープ製のテレビが国産第1号のテレビとして発売されています。しかし、当時発売されていたテレビは、高卒公務員の初任給のおよそ32倍と高額であったため、家庭内ではなく、公園や駅などに「街頭テレビ」を設置し、人々は街頭テレビの前に集まってテレビを視聴するのが主なスタイルでした。

カラーテレビの誕生

カラーテレビの誕生

モノクロテレビのあとには、カラーテレビが誕生しました。モノクロテレビに続いて今度は、カラーテレビの歴史や特徴等をご紹介していきましょう。

カラーテレビの実験放送

日本は、アメリカとキューバに次いで、世界で3番目にカラーでテレビ放送を行なった国です。アメリカでは、1947年(昭和22年)にカラーテレビの放送が開始。日本は、1956年(昭和31年)にNHKがカラーテレビでの放送を試験的に開始しました。

その2年後、1958年(昭和33年)に各テレビ局の電波を広い範囲に送るため、総合電波塔となる東京タワーが完成。白黒のテレビが誕生してわずか8年後の1960年(昭和35年)には、カラーテレビの放送が開始され、同時にカラーテレビの販売もされています。当時カラーテレビは、カー(車)とクーラーを総称して「3C」と呼ばれ、市民の憧れのアイテムとなっていました。

しかし、カラーテレビが発売された当初は、白黒の番組がメインであり、NHKが放送するカラーの番組は1日1時間。カラーの番組が少なかったことに加え、カラーテレビは当時の大卒初任給のおよそ52倍と高額であったため、発売当初は普及しなかった過去があります。

カラーテレビの普及は東京オリンピックがきっかけ

1964年(昭和39年)10月に、東京オリンピックが開催。柔道や体操、バレーボールなど8つの競技と大会の開会式・閉会式がカラーテレビで放送されました。

さらに日本は、カラーテレビでのオリンピックの放送だけでなく、新しい試みをこの東京オリンピックで2つ実施しています。ひとつは通信衛星を利用した衛星生中継。もうひとつは、収録した競技をスローモーションで再生し、放送する技術です。特に、通信衛星を利用した生中継は、世界で初めての快挙でした。

そして1977年(昭和52年)には、白黒でのテレビ放送が廃止され、以降、カラーテレビのみの放送にシフトしています。

衛星放送が開始される

衛星放送が開始される

1980年代(昭和55年以降)になると、従来のテレビの放送方式であった地上波放送だけでなく、衛星放送が開始されます。

地上波放送と衛星放送の違い

地上波放送は、放送局から総合電波塔である東京タワーへ電波が送信され、東京タワーから各電波塔へ、さらに電波塔から各家庭へと電波が送信される仕組みです。電波が地上にある施設を利用して送信されるため、「地上波放送」と呼ばれています。

衛星放送は、地上に設置されている電波の送信局から、赤道の直上およそ36,000kmに位置する人工衛星に電波を送り、人工衛星が受信した電波を地上に送信。人工衛星から送信された電波を、地上に設置されたパラボラアンテナが受信することで、テレビを視聴することが可能です。電波の送信に人工衛星を利用することから「衛星放送」と呼ばれています。

衛星放送の始まり

1987年(昭和62年)には、NHK衛星第1テレビジョンが放送開始になり、24時間いつでもテレビ番組を視聴できるようになりました。さらに、2年後の1989年(平成元年)にはNHK衛星第2テレビジョンが放送開始になっています。

衛星放送の種類

衛星放送には、「放送衛星」と「通信衛星」を使用した2つの種類が存在。 放送衛星は、Broadcasting Satellite。その頭文字を取って「BS放送」と呼ばれています。一方通信衛星はCommunications Satelliteであり、「CS放送」という通称が付けられました。

衛星放送を視聴するためには、BS放送、CS放送いずれの場合も衛星からの電波を受信するアンテナと、チューナーが必要になります。衛星放送が開始された当初は、テレビにチューナーが内蔵されていなかったため、別途購入する必要がありました。しかし、衛星放送の普及に伴いテレビチューナーを内蔵しているテレビが大半になっているため、その場合にはチューナーを購入する必要はありません。

BS放送は、一般の家庭で視聴されることを想定。一方CS放送は、企業や事業者の視聴を想定していました。しかし、1989年(平成元年)の放送法の改定を受けて、CS放送も一般家庭で視聴できるようになっています。

有料放送の開始

1991年(平成3年)には、民間で初めての衛星放送である「WOWOW」が誕生。WOWOWは1990年(平成2年)に打ち上げられた「ゆり3号-3a」という名前の人工衛星で、3チャンネルある内の1チャンネルをWOWOWが使用しました。残りの2チャンネルは、NHKが使用しています。

デジタル放送が開始され、テレビの液晶もハイビジョンに

デジタル放送が開始され、テレビの液晶もハイビジョンに

デジタル放送は、音声や映像の信号を圧縮することにより、一度により多くの情報を送受信することができるデジタル技術を利用した方法です。アナログ放送に比べて、音質や画質が良くなったため、テレビの液晶もハイビジョンへと変化していきました。

さらに、アナログ放送では視聴者は受信した映像を見て楽しむのが主でしたが、デジタル放送になったことにより、リモコンを操作することによって番組に参加することが可能になったため、「双方向番組」も誕生しています。それだけでなく、EPG(Electronic program guide)と呼ばれる電子番組表が閲覧できるのも、デジタル放送ならではの特徴。その日に放送される番組だけでなく、1週間先の番組情報まで確認することができるようになりました。

CSとBSでデジタル放送が開始

1996年(平成8年)には、スカパー!(当初は「スカイパーフェクTV!」)によって、日本で初めてとなるCSデジタル放送が開始。CSデジタル放送では、およそ70チャンネルもの中から好きな番組を選ぶことができます。さらに、音楽や国内外の映画やドラマ、政治や環境など、様々な専門的なチャンネルがあることも魅力のひとつであり、より個人の嗜好に応じたテレビ番組を楽しむことができるようになりました。

そして、2000年(平成12年)には、BSデジタル放送が開始されています。それに伴い、BSアナログ放送は、2011年(平成23年)に放送を終了。BSデジタル放送に完全移行しました。

ハイビジョンとは

アナログ放送が主流だったときのテレビは、SD(Standard Definition)画質、つまり、日本語で言うところの「標準画質」が採用されていました。「480p」と呼ばれる場合もあります。SD画質の画素数は720×480で、およそ35万画素数が一般的。動画を再生するメディアとしては、DVDがSD画質になります。

デジタル放送が開始されると、「HD(High Definition Video)画質」と呼ばれる、高精細度ビデオが採用されました。HD画質の画素数は1280×720となっており、およそ92万画素数。SD画質の2倍以上の画素数です。HD画質は、「720p」と呼ばれることもあります。ちなみに、この「ハイビジョン」という名前は、1985年(昭和60年)の一般公募によって名前が決められました。

さらに、画素数の増加に伴い、画面のアスペクト比(縦横比)も変化。アナログ放送では4:3だったアスペクト比が、地上デジタル放送が開始されてからは16:9に変わり、アナログ放送時に比べて30%以上画面が幅広くなりました。これにより、より美しい臨場感あふれる映像を楽しむことができるようになっています。

ハイビジョンの最高画素数を誇るフルハイビジョン

フルハイビジョンとは、1280×1080の207万画素数のもの。Full High Definitionの略で「フルHD」と呼ばれ、「1080p」と呼ばれることもあります。デジタル放送では、発信する動画の画素数が207万画素。受信するテレビも207万画素であれば、動画を圧縮することなく100%、そのままテレビ画面に映し出せることから「フルHD」という名前が付けられました。

地上デジタル放送のスタート

地上デジタル放送は、「地デジ」と略され、2003年(平成15年)に放送が開始。2011年(平成23年)7月には、アナログ放送から完全に地上デジタル放送へと移行しました。地上デジタル放送に移行した背景を始め、その魅力や放送形式の変化が引き起こしたテレビの新しい楽しみ方について確認してみましょう。

地上デジタル放送に移行した背景

国内で利用できる電波は限られており、テレビを始め、ラジオや携帯電話、スマートフォンやパソコンなど、様々な機器が電波を利用します。テレビをデジタル化することによって、利用する電波の量を減らすことが可能であるため、アナログ放送から地上デジタル放送に移行されました。

さらに、テレビがデジタル化されることによって、インターネットとテレビを連携。サービスを多様化させることで、テレビの楽しみ方のバリエーションを広げ、障害をもった方や高齢の方のサポートや、震災や事件などが起こった場合に、地域に密着した情報をより素早く、正確に住民に伝えることなども背景のひとつとなっています。

地上デジタル放送の魅力

地上デジタル放送は、アナログ放送と異なり、受信障害に強い方式を採用しているため、建物の影響を受けづらく、映像や音の劣化がないことが特徴。そのため、ハイビジョンの美しく迫力のある映像を家庭で気軽に楽しめるようになりました。さらに、アナログ放送のときには画面に表示されるのはひとつのチャンネルの番組だけでしたが、地上デジタル放送では複数の番組を同時に視聴することができるようになっています。

地上デジタル放送では、天気予報や交通情報を始め、ニュースなどをいつでも必要なときに、簡単に確認することが可能。また、スポーツやドラマを視聴する場合に、気になった選手の情報や登場人物の情報、ドラマのあらすじなど、番組に関連した情報が確認できるのも、地上デジタル放送ならではです。

高齢者の方がよりテレビ番組を楽しめるようなサービスを利用できるのも、地上デジタル放送の特徴のひとつ。例えば、どの番組でも字幕放送を利用することができるため、耳の聞こえづらい方でもテレビを楽しむことができます。番組によっては、生放送でも字幕放送に対応しているものが存在。また、話す速度を遅くして、高齢者でも聞き取りやすくなるよう配慮されているテレビも誕生しています。

地上デジタル放送によりテレビのポータブル化も実現

地上デジタル放送が始まったことにより、2006年(平成18年)にはワンセグを利用して携帯電話でもテレビの視聴が可能になり、テレビをどこでも気軽に楽しむことができるようになりました。ワンセグとは、テレビ番組を携帯電話で視聴するために開発された、データの受信形式。データ量が少ないため、安定してデータを受信することができ、消費電力も少なくて済むのが特徴です。携帯電話の他、パソコンや車に搭載された機器などでも、ワンセグを利用してテレビを楽しむことができます。

さらには、ワンセグを利用して、入浴しながら、また、外出先でもテレビを楽しむことができるポータブルテレビも開発されました。

3Dや4K・8Kへの対応とスマート化

Dや4K・8Kへの対応とスマート化

2010年代に入るとテレビは3Dで映像を楽しめるものや、自分がもっているスマートフォンとテレビを連携させる「スマート化」などが開始されました。さらに、壁に掛けられるような超薄型テレビも開発されています。そしてテレビの映像は4Kや8Kなど、より美しい映像を映し出せるように進化。

4Kとは、3840×2160の約830万画素のことであり、縦方向横方向それぞれフルハイビジョンの2倍で、計4倍の画素数となっています。横方向の画素数が、およそ4000ピクセルであることから「4K」と呼ばれ、画素数の多さから、拡大して映像を映し出しても劣化せずに、輪郭をくっきりと、また、色をより鮮やかに映し出すことが可能です。8Kは、縦横共に4Kの2倍の7680×4320画素になっています。

より大きな画面で美しい映像を楽しめるだけでなく、スローモーションでも劣化することなくテレビを楽しめることが特徴。さらに8Kテレビでは、音の方向だけでなく、「どの高さでなっている音なのか」という音の高低差を再現されているため、よりリアルな体験を楽しむことができます。

テレビが主流になる前は新聞とラジオが主な情報媒体

テレビが主流になる前は新聞とラジオが主な情報媒体

日本でテレビ番組が初めて放送されたのは、1939年(昭和14年)であり、テレビが主流になる前までは、新聞やラジオが主な情報媒体でした。最後にそれぞれの歴史や特徴、今後の動向などについて確認してみましょう。

新聞の始まりは「瓦版」

新聞は、江戸時代の瓦版が起源とされる情報媒体です。江戸時代は1603年(慶長8年)~1868年(慶応4年)であり、当時、瓦版は歩きながら内容を読み上げて販売されていたため、「読売」と呼ばれることもありました。

当時は木の板に絵や文字を掘り、木版によって紙に印刷。瓦版は、当時の娯楽のひとつという役割が強かったため、信憑性の低いネタも多く取り上げられ、江戸幕府の8代目将軍である徳川吉宗によって禁止されたこともありました。

瓦版から新聞へ

瓦版が新聞になったのは、江戸時代末期。オランダの機関誌を日本語に訳した「官板海外新聞」が最初の新聞です。この新聞は、当時オランダの植民地であったジャカルタ(当時はバタビヤ)で日本語訳される前の新聞が発行されていたため、バタビヤ新聞とも呼ばれていました。

そして1868年(明治元年)に、江戸幕府に仕えていた洋学者たちによって、日本と海外の情勢を紹介する「中外新聞」が発刊。さらに1870年(明治3年)に横浜毎日新聞が、1872年(明治5年)には東京日日新聞、1874年(明治7年)には読売新聞が発刊を開始しています。

紙面からインターネットへ

1995年(平成7年)から各新聞社は、インターネット上にオンラインニュースの配信を開始。新聞にとって大きな転機となった年となりました。以来、新聞社は成人だけでなく子ども向けの新聞を発刊する、自社のホームページや会員サイト、アプリなどを通じて、様々な媒体で新聞が読めるよう配信するなど、幅広い年代や時代のニーズに応じて色々な情報を届け続けています。

ラジオの歴史

ラジオが一般家庭で親しまれる以前は、軍用無線や船舶の無線として利用されていました。日本では1889年(明治22年)に無線通信の研究が開始。1899年(明治32年)に国産による無線機が開発、実用化されるようになりました。

一般家庭で初めてラジオが放送されたのは、1925年(大正14年)です。ラジオは大きく分けて「ラジオを送る側(発信者)」と「ラジオを聞く側(受信者)」に分けられます。簡単に言うと、発信者の声や音などの音声信号を電気の信号に変えて、その電気信号をラジオ局から電波に乗せて発信し、発信された電波をラジオのアンテナで受信。受診した電気信号を再度音声信号に変換することで、受信者はラジオを聞くことが可能になります。つまり、音声信号を電気信号に変え、その後電気信号を再度音声信号に変換するのがラジオの仕組みであり、日本で初めてラジオが放送されてからその仕組みは変わっていません。

1925年(大正14年)以降のラジオ

日本で最初に放送されたのは、AM放送。FM放送は、1953年(昭和28年)に放送が開始されました。音声信号を電気信号に変えることを「変調」と呼び、変換された電気信号を再度音声信号に変換することを「復調」と呼びますが、AMとFMの違いはこの変調方式の違いによって発生します。

AM放送とFM放送が違う点は主に、放送できる範囲と音質であり、AM放送は、ラジオを聴ける範囲が広く遠くまで伝わる一方、雑音が入りやすいのがデメリットです。FM放送はその反対で、特定の範囲でラジオを聞くことができ、雑音が入りづらいのが特徴。それぞれの特徴に応じて、各局が番組を放送しています。

ラジオもインターネットで視聴可能になる

インターネットを利用することによって、日本全国のラジオ局の番組を視聴することが可能になりました。さらに、従来は過去の番組を聞きたい場合には、番組を録音して聞く必要がありましたが、インターネットラジオでは、簡単に過去の番組を視聴することが可能になっています。

インターネットの普及で変わるテレビ放送、今後の動向とは

インターネットが普及したことや、テレビ番組を視聴する媒体がテレビだけでなくスマートフォンやタブレット、パソコンなど多様化したことにより、時間や場所を問わずテレビを楽しめるようになりました。インターネットのライブ配信を利用すれば、企業だけでなく個人でも手軽に映像を配信することが可能です。

今後、音質や画質が向上することはもちろん、テレビを放送する側も視聴する側もより多様化し、テレビとラジオ、テレビと新聞と言ったように、メディアの垣根を越えて新しい取り組みが始まる可能性もあります。VRとの連携により、放送されている番組だけでなく、家にいながら収録現場にいる体験ができる可能性もゼロではありません。これからも、自分の知りたい情報や見たい番組、生活スタイルに応じてテレビを楽しみましょう。

※この記事は、2018年8月時点の情報に基づいて作成されています。

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