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宮﨑駿監督のジブリ映画「紅の豚」について、その歴史や時代背景、制作現場での裏話などを詳しくまとめました。それまでファミリー向け作品を中心に制作されてきたジブリ映画から一転し、大人向けのストーリーが話題を呼んだ「紅の豚」。海外版のDVDが販売されるほど、世界中で愛されている作品です。予備知識なしで視聴しても十分おもしろい作品ですが、現場での裏話や制作秘話を知ることでより一層楽しめます。

明見 マイコと深井 映一
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宮崎アニメ|紅の豚徹底解剖!

宮崎アニメ|紅の豚徹底解剖!

1992年(平成4年)公開のスタジオジブリ作品「紅の豚」。1920~1930年代のアドリア海を舞台とし、元軍人で賞金稼ぎのマルコを主人公としたアニメーション作品です。ジブリシリーズでは、「おもひでぽろぽろ」に続く、6作品目となります。それまでは、「となりのトトロ」のようにファミリー向けの作品が多かったものの、「紅の豚」では一転して大人が楽しめる内容として注目を集めました。

宮﨑駿が原作、脚本、監督を務めたこの作品は、宮﨑氏の思いがたっぷり詰まっています。原作となった漫画やアニメーション制作時の裏話など詳しくお伝えしましょう。

興行収入28億円、観客動員数300万人を超える名作

「紅の豚」は、1992年(平成4年)に東宝系で公開された長編アニメーションであり、日本を代表するアニメーションスタジオ、ジブリが制作した作品です。同年の7月18日に東宝系で公開されました。

興行収入は28億円に上り、劇場用アニメーション映画の興行成績において、日本記録を更新した作品としても知られています。原作、脚本、監督のすべてを宮﨑駿が務め、特徴的な音楽はジブリ作品では常連である久石譲が担当する名作です。

キャッチフレーズは「カッコイイとは、こういうことさ」

「紅の豚」のキャッチフレーズは「カッコイイとは、こういうことさ」。糸井重里が考案したもので、CMやポスターに起用されました。主人公の台詞のひとつである「飛ばねぇ豚はただの豚だ」という印象的なフレーズは、劇場予告などで効果的に使われたことで認知度が高まった経緯があります。

簡単なあらすじ

ファシスト党が台頭する1920~1930年代のイタリアを背景にして、アドリア海で暮らす賞金稼ぎの主人公を中心に、世界情勢と周囲の人々との移ろいを描き、飛行機乗りの活躍を描いた一大航空活劇です。

「イタリア・アドリア海で飛行艇に熱中する、4人の少年とひとりの少女がいた。彼らはともに大空をめざした。やがて少年たちは戦火の中に、ひとりは青い海に、もうひとりは荒野の果てに、それぞれ手の届かないはるか彼方へと消えていった。そして残されたのは少女と、ひとりの少年。その少年も自らに魔法をかけて、人間であることをやめた…。」(DVD ストーリーより引用)

登場人物

主人公となるのは、魔法によって豚の姿に形を変えたポルコ・ロッソ(声:森山周一郎)。イタリア語でPorco Rossoは、「臆病者」「豚野郎」という意味があります。元イタリア空軍のエースパイロットであり、退役後の職業は空中海賊を相手にする賞金稼ぎです。

実は、本名をマルコ・パゴットというのですが、そう呼ぶのは、昔なじみのジーナだけ。ホテル・アドアリーノを経営するマダム・ジーナ(声:加藤登紀子)は、アドリア海の飛行艇乗りのアイドルとして慕われている女性です。2人の恋物語と並行して、ポルコの活躍で物語が進みます。

さらに、ストーリー進行に欠かせない人物なのが、飛行機設計技師のフィオ・ピッコロ(声:岡村明美)。ポルコが高く評価する17歳の女性飛行機技師であり、自分を掛札にしてカーチスとのリターンマッチを言い渡す重要なキャストとなります。

カーチス(声:大塚明夫)とは、アメリカ人の飛行機乗りであり、ポルコを敵とする空賊連合が雇った用心棒。古くからのライバルであり、フィオをかけた空中合戦が物語のクライマックスです。

その他、フィオの父親であるピッコロのおやじ(声:桂三枝)や、空中海賊マンマユートのボス(声:上条恒彦)、ポルコの戦友フェラーリン(声:稲垣雅之)などが、それぞれの立場から、ポルコの活躍や周囲を取り巻く世界情勢を見守っています。

紅の豚」制作現場での裏話

「紅の豚」制作現場での裏話

「紅の豚」は、モデルグラフィックス誌に掲載された宮﨑駿の短編漫画「飛行艇時代」を原作としています。もともとは15分程度の短編作品の予定でしたが、複合的な背景により、90分を超える劇場映画として完成しました。

連続する長編映画製作に疲れた宮﨑駿の遊び心から生まれた

1984年(昭和59年)に公開された「風の谷のナウシカ」以来、「となりのトトロ」「火垂るの墓」「魔女の宅急便」と立て続けに長編映画を発表していたスタジオジブリ。それまでは、宮﨑駿を中心とするアニメーション制作集団でしたが、続く「おもひでぽろぽろ」に着手した頃、正式な企業として運営が始まりました。

スタッフたちを正社員として採用するからには、継続して作品を作り続ける必要があるものの、すでに宮﨑駿をはじめとするメインスタッフたちには疲れが出ていたと言われています。そこで、考えられたのが短編アニメーションの制作です。

宮﨑駿の趣味的分野である飛行機物の漫画を原作に、「紅の豚」の原型となる「飛行艇時代」のアニメーション制作が始まりました。スタジオジブリの鈴木敏雄プロデューサーは、金策としてJALとの提携を提案。飛行機内での放映を企画されることになったのです。

もともとは疲れた中年サラリーマンを対象とするアニメーションだった

JALとの提携を見据えた作品作りの中で、対象となったのは飛行機に乗る中年の男性でした。鈴木プロデューサーによると、もともとは「疲れて脳細胞が豆腐になった中年男のための漫画映画」だったそうです。しかし、絵コンテを見た鈴木プロデューサーの疑問を解消するごとに、その分数が伸びていき、JALとの交渉がままならないまま、映画化の道をたどります。

宮﨑駿 書き置き事件

鈴木プロデューサーは当時を振り返る中で、ひとつの事件を語っています。それが、「宮﨑駿 書き置き事件」。企業として安定した経営をするためには連続して制作をしなければいけません。つまり、前作である「おもひでぽろぽろ」と同時進行で「紅の豚」を準備しなければいけないという状況の中で、スタッフを分けることができなかったと言います。

ほとんどのスタッフが「おもひでぽろぽろ」の制作に取り掛かる中で、次の作品を進めているのは宮﨑駿だけ。ある日、鈴木プロデューサーの机の上に、大きな文字で「(紅の豚は)俺ひとりでやれというのか?」と書かれた書き置きが残されました。企業として軌道に乗せようとする経営者としての一面と、アニメーターとしての苦悩が混じったメッセージ。

結局のところ、「紅の豚」の製作は延びに延びて、前作が無事に終了してから、全員で制作に取り掛かったと言われています。

メインスタッフはすべて女性

改めて同作の制作を進めるとき、大きな壁となったのが主要スタッフの選択でした。これまでメインとして活動してきたスタッフたちは、宮﨑氏同様に疲れており、休みが必要な状態。

新人からスタッフを集めることにしたものの、作品の品質劣化が危ぶまれました。そんなときに宮﨑氏が提案したのが、女性をメインスタッフに起用すること。それまで、男性を中心に制作が続けられてきたアニメーションの現場では画期的なことでしたが、鈴木プロデューサーはその提案を採用しました。

もともと中年男性向けの男臭い作品だったものが、「女性で作る飛行機の映画」として完成したという経緯があります。使われた動画のための作画数は58,443枚、色彩は476色という、女性の細やかさが発揮された鮮やかな作品になりました。

政治色と冒険譚が重なる作風

1920~1930年代のアドリア海を舞台とする同作ですが、制作時期と同じ頃、ヨーロッパを中心に紛争が続いていました。制作開始となる1991年(平成3年)にはユーゴスラビア内戦が、映画公開時となる1992年(平成4年)からはボスニア・ヘルツェゴビナ紛争が勃発。

実際には、ユーゴスラビアの多島海をモデルとして使用していたことから、フィクションとはいえ、実際に戦争が起きている地区を娯楽映画にして良いのかと、宮﨑氏は悩んだと言います。

そうした背景もあり、中年男性が喜ぶような娯楽映画から、政治色が見え隠れする設定が盛り込まれ、複雑な印象を持つ大人の映画が完成しました。

宮﨑駿が気に入らなかった予告編

二転三転しながらも、やっと映画として完成し、いよいよ公開が近づいたときには予告編が広くアピールに使われました。この予告動画を作成したのは、鈴木プロデューサーです。キャッチフレーズや名言を取り入れ、注目を浴びた内容であるにもかかわらず、宮﨑駿は激怒。その理由は、予告編には戦闘シーンが多く使われていたことにあります。

制作、公開時にはまだヨーロッパでの紛争が続いており、そのことを憂いていたにもかかわらず、配慮のない過激な描写に腹を立てたのです。しかも、宮﨑氏にとって、その予告編は制作発表の記者会見会場で初めてみたこともあり、記者の前で鈴木プロデューサーを罵倒したことも知られています。

作品の時代背景

主人公となるポルコは、1892~1893年(明治26年)生まれの36歳という設定です。舞台となる1920~1930年代のイタリアでは、国家ファシスト党が台頭する時代であり、独裁体制が進んでいました。第一次大戦が終わったものの、世界情勢としては不穏な空気のまま。そんな中で、マルコは豚のポルコになり、賞金稼ぎになったのでした。

第一次大戦からの暗い影

ポルコは第一次大戦でエースパイロットとして活躍したことが物語の中で語られています。ヨーロッパでは、当時パイロットというのは教養が求められるものであり、騎士道が生きていました。しかし、それも大戦前までのことです。第一次大戦では、大虐殺ができるほどの残虐な力が求められ、お互いへの尊敬の念は失われていったと言います。

賞金稼ぎとなったポルコが、秘密警察や空軍に追われていることをかつての戦友フェラーリンから聞きつけ、迂回をするシーン。追われることになった理由は詳しく描かれていないものの、そうした背景を考えることでポルコの心境が想像しやすくなります。

長引く不況

イタリアは、第一次大戦の戦勝国であったにもかかわらず、戦後の経済不安定が続きました。失業者と復員兵が町にあふれ、各地で暴動が起こる状況です。その様子をイタリア国民は「栄光なき勝利」とも呼んでいました。

物語の中でも、飛行機を修理に出すとき、ピッコロのおやじが「近頃はな、札束が紙クズ並みの値打ちしかないんだよ」とぼやいており、大恐慌の最中にあることが伝わってきます。また、フィオとポルコがアジトへと向かう途中で、クロアチア側で給油したシーンでも、フィオが「燃料がイタリアの3倍もする」と嘆いている台詞が象徴的です。

ファシスト党の台頭

もうひとつ、当時のイタリアで注目すべき政治変動は、ファシスト党の活動が活発>になったことです。ポルコが修理に出した機関銃を町まで受け取りに行くとき、戦車とともに青いシャツを着た兵が行進しているシーンがあります。

当時も同じく、ファシスト党が黒いTシャツをユニフォームにして、私兵を築いていました。戦後の不況の中で、革命的な雰囲気が国民の間で広がり、「愛国心」を大義名分として、略奪や襲撃を繰り返しています。

映画の中でも、ポルコが銀行にお金を預けようとするシーンで、銀行員から「愛国債権でもお求めになって民族に貢献されたら?」と声をかけられているのが象徴的です。それに対してポルコは「そういうことはな、人間同士でやんな」と応えています。

作中に出てくる飛行機の実在モデルとその違い

作中に出てくる飛行機の実在モデルとその違い

「紅の豚」と言えば、飛行機の存在が欠かせません。宮﨑駿監督の趣味でもあった飛行機の知識が活かされている作品であり、ポルコやカーチスが使っていた機体も、実在するモデルがありました。

ポルコの愛機「サボイアS.21」試作戦闘飛行艇

作品の中でポルコが乗っている飛行機は、たった一機だけしかない試作機であり、過激なセッティングのため軍用機に正式採用されなかった「サボイアS.21」であることが語られます。倉庫でほこりをかぶっていたところ、ポルコがローンで購入しました。

この「サボイアS.21」というのは、実在していた機体です。ただし、ほんの一時期だけ活躍した「幻の戦闘機械」とされています。第一次大戦から第二次大戦に至るまでの短い期間に、ヨーロッパのごく一部の軍で使用されたものの、長く使われることはありませんでした。サボイアというのも実在するメーカー名であり、宮﨑氏の知識の深さがうかがえます。

とは言え、使われたのは名称のみで、その姿のモデルとなったのは「マッキM.33」。シュナイダーカップという実在するレースの専用機で、作品の中でもポルコが「シュナイダーカップで2年続けてイタリア艇を破った」と言っています。

カーチスの愛機、紺色の「カーチスR3C-0」

カーチスが乗る機体の名称は、自身の名前から取られたものではありません。カーチス社は実在するメーカーであり、こちらも同様のモデルがあります。当時、アメリカ最大の航空機メーカーであり、創始者のひとりはライト兄弟の敵と言われたほど。

こちらの機体は、1925年(大正14年)第8回のシュナイダーカップで優勝した「R3C-2」を、カーチスが購入して改造したという裏設定があります。紺と黄色のカラーリングは、モデルそのままですが、実在する機体よりも、翼幅を延長した形です。

主題歌「さくらんぼの実る頃」に隠された命題

「紅の豚」の挿入歌として使われているフランスの代表的なシャンソン「さくらんぼの実る頃」。マダム・ジーナの声をあてている加藤登紀子が歌っています。この曲が象徴的に使われているのも、同作品の背景と重ねることができるのです。

「パリ・コミューン」崩壊を歌った曲

この曲が発表されたのは、1866年(慶応2年)頃と言われています。1871年(明治4年)にパリ市庁舎前で、「パリ・コミューン」と呼ばれる市民や労働者による自治が宣言されました。世界初の革命的自治政府として立ち上がったものの、内部抗争も激しく、結局はフランス政府の手によって鎮圧されます。「血の一週間」とも呼ばれ、参加した市民の多くが射殺、もしくは軍事法廷によって処刑されたのです。

そうした内乱が起こったのが、ちょうどさくらんぼの実る5月頃のこと。もともとは、ジャン=バティスト・クレマンによって作られた恋と失恋の歌でしたが、政治的な意味を含めて歌われるようになったとされています。

作品の舞台となる1920~1930年代のイタリアも、ファシスト党による「愛国心」に偏った革命的政治が行なわれており、パリ・コミューンの崩壊を思わせる状況です。この挿入歌の深い意味を知ることで、ポルコたちの暮らしがいかに不安定であったかを感じさせてくれます。

エンディング曲「時には昔の話を」

挿入歌「さくらんぼの実る頃」に呼応する形で使われているのが、エンディング曲の「時には昔の話を」です。挿入歌とともに、加藤登紀子が歌っています。この曲は、加藤登紀子が作詞作曲を手がけており、映画公開の7年前となる1987年(昭和62年)に発表されました。

1960年代に起こった日本での学生運動の経験した彼女の思いが込められており、ポルコたちが感じている激動の時代を感じさせ、そして思い出すようなノスタルジックな楽曲です。大人向けの作品と言われる「紅の豚」だからこそ、時代の変化や理想を語った青春を感じさせてくれるこの曲が選ばれました。

紅の豚」名言集

「紅の豚」名言集

メインとなるキャッチコピーをはじめ、「紅の豚」には心を震わす名言がたくさんあります。キャラクターごとに振り返ってみましょう。

ポルコの名言

「飛ばねぇ豚はただの豚だ」など、インパクトのある台詞の多いポルコ。この台詞は、カーチスに追い回され、不調になった飛行機修理のためにしばらく不在にしたあと、マダム・ジーナへ連絡をしたときに語られます。

ポルコがカーチスとの面会をジーナに伝言したところ、「いくら心配しても、あんたたち飛行艇乗りは、女を桟橋の金具くらいにしか考えてないんでしょう」と激怒。そこで答えた台詞が「飛ばねぇ豚はただの豚だ」なのです。

その他、カーチスとの決戦前夜、過去の戦争の話やポルコが豚になったことを聞いたフィオが、ポルコにキスをして魔法を解くことを提案したときに「馬鹿野郎!そういうのは一番大事なときにとっとけ」と硬派な台詞を吐いたり、ボロボロになりながらカーチスとの戦いに勝ったときには、フィオに抱きつかれながら「なあに、軽いもんよ」と答えたりと、やせ我慢ながらも男らしい台詞を言うポルコのかっこよさが描かれています。

フィオの名言

ダブルヒロインのひとりでもある17歳の飛行機技師フィオ。幼いながらも、激動の時代に生まれ、たくましく暮らしていく様子が描かれます。そんなフィオが、初めて飛行機の上で景色を見たときに出た言葉が、「きれい、世界って本当にきれい」です。暗い空気をまとう不況や過激な愛国主義にまみれた日常から飛び出し、世界の広さや美しさを感じるフィオの姿があります。

また、やっと直した飛行機を、ポルコを敵とする空賊たちが壊そうとしたときも、「飛行艇乗りは、船乗りよりも勇敢で、陸の飛行機乗りより誇り高いんだって」「彼ら(飛行艇乗り)の一番大事なものは、金でも女でもない名誉だって」「意地も見栄もない男なんて最低よ。堂々と戦いなさい」などと、力強く大の大人を説き伏せるシーンにも注目しましょう。

マダム・ジーナの名言

メインヒロインとも言える大人の女性、マダム・ジーナ。ポルコも知る戦友と結婚していたものの、墜落した飛行機が見つかったことで3度の結婚に失敗したことを話しています。そんなジーナは、フィオと比べて冷静な雰囲気を漂わせるものの、周りの飛行機乗りたちが次々と起こす事件にときには怒り、ときには サポートする姿が見えるのも特徴的です。

アメリカ国籍のカーチスからプロポーズを受けたときも、「ここではあなたのお国より、人生がもうちょっと複雑なの」と大人の対応を感じさせる名言を発しています。また、カーチスとの戦いでポルコが打ちのめされてしまったとき、「あなたもひとりの女の子を不幸にする気なの?」というジーナの声かけで立ち上がりました。ここぞというときに、ポルコを支えるキャラクターのひとりです。

大人の魅力が漂う痛快娯楽アニメーション映画

「紅の豚」は、大人向けの作品として生み出されましたが、アクションシーンも多いことから、子どもも一緒に楽しめるアニメーション映画です。深い意味は分からなくても、ウィットにとんだ台詞回しやスピード感のある空中戦は、年齢を問わず、エンターテインメント性を感じさせてくれます。

もともと子ども向けの長編アニメーション映画を作ると決めていた宮﨑駿監督は、「自分が中年の男性に向けて映画を作ってしまったことに嫌気がさした」と語りました。しかし同時に、自分の趣味的な要素をしっかりと取り入れており、思い入れも深い作品。映画館に足を運んだ子どもも多かったことから、続く「平成狸合戦ぽんぽこ(1994年(平成6年))」や「もののけ姫(1997年(平成9年))」といった作品ができあがっています。

子どもが楽しめる作品を意識しながらも、宮﨑監督自身が持つ深い知識と飛行機への愛を詰め込んだ作品として、同じく飛行機を題材とした「風立ちぬ(2013年(平成25年))」への発表につながったのです。

※この記事は、2018年5月時点の情報に基づいて作成されています。

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