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急性期を治す医療と病後や高齢期を
支える医療で広範な医療圏を支えたい

高山赤十字病院竹中 勝信先生

今回インタビューを受けて頂いたドクターは、高山赤十字病院、院長の竹中勝信先生です。

高山赤十字病院は、岐阜県の北部、飛騨地域の中心都市・高山市の総合病院として、広域の医療を担っています。

その役割は幅広く、一般的な症状や慢性疾患の診療をはじめ、24時間態勢で救急患者を受け入れ、急性期治療を終えた患者のリハビリテーションにも対応。また、赤十字病院として、国内外の災害・紛争地域に医療チームを派遣しています。

さらに、観光都市・高山市では外国人観光客の受診が多いため、言葉や文化の異なる外国人患者の診療体制を早くから整えてきました。

院長の竹中勝信先生は脳外科を専門とし、脳出血や脳梗塞の診療と手術、また、市民に向けて、生活習慣病予防の啓発にも取り組んできた快活なドクターです。

高山赤十字病院の竹中勝信院長に、同院の数多いミッションと、これからの地域医療について伺いました。

高山赤十字病院の施設情報

高山赤十字病院は、飛騨地域という広大な医療圏を担う、特色ある病院ですね。

高山赤十字病院は、飛騨地域という広大な医療圏を担う、特色ある病院ですね。

飛騨地域は岐阜県の北半分に当たり、面積は東京都の約2倍で、13万人が暮らしています。当院は、この広い地域の救命救急センターであり、地域がん診療連携拠点病院、へき地医療拠点病院、地域周産期母子医療センターの指定も受けており、様々な機能を持つ医療機関です。

また、都市部であれば、急性期治療を終えた患者さんは自宅に帰り、近隣のクリニックに通院しながら慢性期治療やリハビリテーションを受けられますが、この地域には、そうした医療機関が少ないため、当院は在宅診療を支援する地域包括ケア病棟や、介護老人保健施設も備えています。

そういう訳で、現在、日本赤十字社が運営する国内91病院のなかでも、当院は特に多くの役割を持ち、多彩な専門性を持つ医療スタッフが活躍している病院です。

赤十字病院ならではの、人道的な医療活動にも熱心に取り組まれています。

赤十字病院ならではの、人道的な医療活動にも熱心に取り組まれています。

国際救援、災害救助は赤十字の活動の大きな柱ですから、当院には国際支援経験のあるスタッフがたくさんいます。古くは1997年(平成9年)のペルー大使公邸占拠事件や2002年(平成14年)のスーダン内戦、最近ではバングラデシュ南部の避難民救援に参加しました。

スタッフは病院での日々の医療に従事しながら、被災地や紛争地帯で医療が必要な場合は、医師や看護師、助産師、薬剤師、物流などの支援業務に携わるロジスティクス要員といった多職種のチームで出動できる体制を整えています。

また、いつでも支援チームを送り出せるように、日頃から救護の訓練や救護器材の点検を行い、支援チームの留守を守るトレーニングも続けなければなりません。

こうした、職種の異なる医療スタッフによるチーム医療は日本の病院の特長で、当院を視察した海外の医療関係者が最も感動するところです。それが実現できている理由のひとつは、全員が支援活動の経験を共有しているからだと思います。

外国人患者の受診が多く、全国の病院に先駆けて対応マニュアルを作成されたのですね。

外国人患者の受診が多く、全国の病院に先駆けて対応マニュアルを作成されたのですね。

ここ高山市は国際観光都市ですし、隣には温泉で有名な下呂市もあるので、海外から多くの旅行者が訪れます。その方達が旅先で病気やケガをされて来院するケースが、新型コロナウイルス感染症の流行以前は、年間500件近くまで増えていました。

このような外国人患者の診療は、言葉の問題の他にも、宗教的な理由で診察時に医師に肌を見せられないとか、病院食を食べられないといったことが起きます。また、日本の医療保険制度の対象外になるため支払いトラブルも起きやすいのです。

これらに対処しながら、当院の本来の使命である地域医療を提供するのは大変なことですが、異国で病気やケガをして心細い思いをしている方達を受け入れるために、プロジェクトチームを設立することになりました。

このチームが構築してくれたノウハウが「医療現場ですぐに役立つ外国人患者対応マニュアル」という書籍になっています。2017年(平成29年)に出版して以来、同じ苦労をされている医療機関がよく利用してくれているようで、嬉しいですね。

この「外国人患者対応マニュアル」は実用書であり、異文化理解に奮戦したスタッフのドキュメンタリーでもありますね。

この「外国人患者対応マニュアル」は実用書であり、異文化理解に奮戦したスタッフのドキュメンタリーでもありますね。

スタッフは大変だったと思いますが、国際支援経験のある人のなかには英語や中国語、ポルトガル語、スワヒリ語ができる人がいて、説明書や掲示物の多言語化に活躍してくれました。

なかには、病院食が口に合わないとか、早く帰国させてほしいと言われる外国人患者さんもいますが、そういう方も、当院のスタッフが親身に接しているうちに信頼関係が生まれて、退院されるときには「前よりも日本が好きになった。また来たいです」と言ってくれます。

こういうコミュニケーションができるのは、スタッフが赤十字の精神に共感していることや、この町にお客さんを大切におもてなしする文化があるからかもしれませんね。

観光は、林業や農業と並ぶ、高山市の基幹産業ですから、当院も地域の病院として、医療で支えていきたいと考えています。

竹中先生が脳外科を専門にされたいきさつを伺いたいです。

竹中先生が脳外科を専門にされたいきさつを伺いたいです。

岐阜大学医学部に入学して、脳外科の教授・山田弘先生に師事したことがきっかけです。山田先生は毎年、夏になると学生を連れて、奥穂高岳に登っておられました。そこには岐阜大学医学部の奥穂高岳夏山診療所があり、今も夏山登山者の事故や発病に対応しています。

山田先生は人間味のある魅力的な方でしたから、夏山生活がとても楽しくて、先生が「そんなに山が好きなら脳外科に来い。夏は一緒に山で仕事しよう」と誘って下さったのです。

そこで普通の恩師なら「脳外科の勉強をしなさい」と言いそうですが、山田先生は、私が「脳卒中の発症を減らす研究をしたいです」と言うと「それは、いい考えだ」と応援してくれました。それ以来、「予防は治療に勝る」をテーマに、脳血管疾患の原因研究や、生活習慣病予防の啓発活動をライフワークにしています。

脳血管疾患の予防に取り組もうと考えたのには、何かきっかけがあったのですか。

脳血管疾患の予防に取り組もうと考えたのには、何かきっかけがあったのですか。

脳外科の医師になったばかりの頃、毎日、救急車で脳卒中や脳梗塞の患者さんが搬送されてきて、連日、手術をしていました。その結果、救命はできても後遺症が現われた場合、本人も家族も大変な思いをされます。このようなケースを少しでも減らしたいと考えたのです。

そのために、脳血管疾患になりやすい遺伝子を見つける研究に取り組んできました。もうひとつ、続けてきたのは、市民の皆さんに、食生活の改善などを分かりやすく説明して、生活習慣病を予防してもらう活動です。仲間の医師や薬剤師、歯科医師と一緒に、15年ほど前から市民講座で、病気予防につながる生活習慣づくりについて、お伝えしてきました。

院長の私が言うのは矛盾しているかもしれませんが、病院は暇な方が、皆さんは幸せなはずです。高山市が観光地として素晴らしいだけでなく、健康都市としても住みやすい町になるために、長い取り組みになるでしょうが、今後も尽力したいと考えています。

今後の展望や読者へのメッセージをお聞かせ下さい。

今後の展望や読者へのメッセージをお聞かせ下さい。

高山赤十字病院は、急性期の患者さんを「治す医療」と、その後も継続的な診療やリハビリテーションが必要な患者さんを「支える医療」の両方を担う病院です。

なかでも救急医療は数が多く、昨年は約3,800件の救急車搬送を受け入れました。しかし、これは都心部で「軽症なのに救急車を呼ばないでほしい」と言われているのとは事情が違います。若い世代が進学や就職で地元を離れていくなかで、運転できない高齢の方が体調を崩されたら救急車を呼ばざるを得ないのです。

こうした地域的な背景もありますから、今後も当院は急性期医療や慢性期医療、高齢者のケアなど、多くの役割を果たしていかなければなりません。将来的には地域の医療機関と役割分担をすることも考えながら、これからも幅広い分野の専門スタッフと共に、治す医療と支える医療、そして予防医療を実践していきます。

病院名・役職はインタビュー当時のものです。

インタビュー:2023年6月6日

経歴

1986年

岐阜大学医学部卒業

1991年

米国バージニア大学脳外科 留学

1994年

土岐市立総合病院 脳外科 第2部長

1996年

岐阜大学医学部 助手

1997年

岐阜大学医学部 講師

2005年

高山赤十字病院 脳外科 部長

2006年

京都大学大学院医学研究科 非常勤講師

2009年

岐阜大学大学院 臨床教授

2014年

高山赤十字病院 副院長

2021年

高山赤十字病院 救命センター長

2023年

高山赤十字病院 院長