名西郡神山町下分の施設 (3施設)
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- 名西郡神山町下分
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- 寺院
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- 第十二番札所の摩廬山 正寿院 焼山寺へ行ってきました。 焼山寺への道ですが、国道438号線へ迂回して約40kmの道程となります。これが現在、十一番から十二番へ至るメインルートです。しかし、徒歩で巡礼する人々には、やはり昔ながらの旧道のほうが人気みたいですね。こちらだと距離はうんと短縮されて約16kmとなるのですが、「遍路ころがし」の名で知られる難所中の難所であり、急勾配の山道は体力に自信のある人でも、けっこうこたえると思います。所要時間も8時間ほどかかるので、やはり午前のうちに十一番札所を出発するようなスケジュールを組んだほうがいいでしょう。めざす焼山寺の境内は、標高800mの深山幽谷の地です。老樹と若樹が入り交じる森の静けさのなか、自らの足音だけを聞きながら歩くのは趣がありますね。 歴史と由来についてですが、もともとこの地は、修験道の祖とされる役小角が大宝年間(701~04) に開いたという修行道場だったといいます。その後、弘法大師が開山に訪れたとき、山道で火炎を吐きながら暴れる大蛇に遭遇、大師は印を結んであたりの火を消し、大蛇を岩に封じ込めたという逸話が残されています。このとき、 虚空蔵菩薩が姿を現し、大師はその姿を像に刻んだそうです。これが本尊となり、寺名とも 「火の山から生まれた」 ことにちなんでつけられたらしいです。 その後、 戦国時代の戦火にさらされることもなく、大師が彫ったご本尊をはじめ、数多くの貴重な文化財が境内には残されています。 利益などについてですが、焼山寺への道の途中には、大師がお休みになったと伝えられる長戸庵など、弘法大師にまつわる旧跡が数多く点在します。 また、仁王門から境内へと向かう参道につらなる杉並木は、徳島県の天然記念物にも指定される名木です。杉の古木が繁る森は、修験道道場としての雰囲気も濃厚に残っています。 見どころについてですが、大師堂や本堂のあるあたりから、さらに山奥深く入ったところに奥の院があります。その途中には、大師が護摩を修したと伝えられる大岩、岩上には大師が彫った三面大黒天も残っています。 このように、焼山寺の広い境内や山中には見どころが多く、時間をかけてあたりを散策してみたくなります。幸い、境内には50人を収容できる大きな宿坊もあるので、一泊してのんびりと大師にまつわる旧跡をめぐったり、山の大自然に親しんだりす
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