高槻市殿町の施設 (2施設)
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- 高槻市殿町
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- 日本の城
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- 阪急高槻駅から西に1.1キロメートル程歩いた日本たばこ産業医薬総合研究所のすぐ西側に古民家の垣根の中に石碑があります。表札もあるのでこちらには普通に人が住まれているかと思われます。 芥川城はこちらの本城を「芥川城」とし、同じ高槻市の三好山の芥川城を「芥川山城」と区別している。 芥川城は、平安時代末期より摂津国島上郡芥川宿を拠点とした芥川氏の屋敷とされる。 芥川氏は鎌倉時代には幕府の御家人へと成長し、南北朝時代前後には北摂地域の国人一揆の中心となっている。 芥川氏が成長するのに合わせ、芥川城の城域も拡大していったと考え、その推定地は、芥川宿の西端北部一帯で、芥川町3・4丁目、紫町、殿町にわたって東西436メートル、南北218メートルの城域を有していたと推測された。 京都方面から西進してきた西国街道は、芥川橋から東に約550メートルの地点で南に折れ、100メートルほど進んだ後、再び西に進んでいるが、『高槻市史』では、芥川城の拡張にあたりその城域を確保したことによるものとされています。 なお、本城の存在を示す唯一の同時代史料として『宇津山記』があり、これによると永正2年1月の時点で能勢頼則が芥川城主を務めているとされている。しかし、これは誤りであると考えられ、ここでの芥川城は芥川山城を指すものとなる。 後世の伝承においては、芥川山城を指すとみられる城はあるものの、芥川城は確認できないことから、芥川城の実在は不確かとなっている。
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